高松高等裁判所 昭和27年(ツ)7号 判決 1953年5月28日
上告人 控訴人・再審原告 楠瀬初子
訴訟代理人 古味亀
被上告人 被控訴人・再審被告 立田徳太郎
主文
原判決を破棄する。
本件を高知地方裁判所に差戻す。
理由
上告代理人の上告理由は末尾添付の上告理由書記載とおりである。よつて先ず上告理由第二点について判断する。
民事訴訟法第百七十一条第一項の所謂補充送達について、書類の交付を受くべき事務員、雇人又は同居者は、送達の受領に関し送達を受くべき者即ち送達受領者の法定代理人たる地位を有するものであると解すべきである、又氏名を冒用して訴訟行為を為す者ある場合殊に原告側の訴提起によつて特定された被告とは無関係な第三者が被告を僣称(被告の氏名を冒用)し訴訟行為をしてもそのために原告の訴がこの者に対し向け変えられるはずはあり得ないから該訴訟の被告は飽くまで原告によつて名指された者であつて僣称(冒用)者は訴訟に無関係な訴外人である、故に裁判所は審理中これに気付けばその訴訟関係を排斥すべきも若しこれを看過して判決をすれば該判決の名宛人は当然被告その人でありその効力もこれに対して生ずることになる、従つて被告は上訴をもつてその取消を求め得るし、判決の確定後は更らに再審の訴をもつて不服を申立てられる、この上訴又は再審は適法に訴訟関与の機会が与えられなかつたこと即ち被告が訴訟進行上適法に代理せられずと云う民事訴訟法第三百九十五条第一項第四号、又は第四百二十条第一項第三号の事由に該ると云うべきである、しかして送達も法律上の方式に従い書面をもつて或る事項を訴訟関係人に通知する裁判所の訴訟行為であり、殊に支払命令或は仮執行宣言付支払命令正本の送達が偶々名指人たる債務者以外の者で債務者を僣称しその他法定の資格を偽る第三者において書類の交付を受けて為された場合においては上叙同様の関係を惹起する等に徴し送達を受ける代理権等の欠缺も叙上法条に該当すると解するを相当とする。そうすると原判決が上告人の再審事由として主張する上告人を債務者とする支払命令申請事件における上告人に対し送達すべき支払命令或は仮執行宣言付支払命令正本が送達受領の権限のない訴外岩崎久吉に交付されたと云うが如きは民事訴訟法第四百二十条第一項第三号に所謂代理権等の欠缺があつたと云える場合には該当しない、又同法第百七十一条所定の事務員、雇人又は同居者等が送達を受くべき者のため送達すべき書類の交付を受け得られる法律上の資格は所謂代理人ではなく法定の使者であると解すべきであるとの前提のもとに同条所定の者の代理権の有無等の如きは前示第四百二十条第一項第三号の関するところでもないから本件再審の請求を不適法であるとしたのは法律の解釈、適用を誤つた違法があるによるものであるから論旨は理由があると云わなければならない。
よつて上告人爾余の論旨に対しては判断を省略し民事訴訟法第四百七条に則り主文の通り判決する。
(裁判長判事 前田寛 判事 太田元 判事 谷賢次)
上告代理人古味亀の上告理由
第一点原審判決は事実の認定に誤りがある。
原判決の理由の前半は「高知簡易裁判所昭和二四年(ロ)第二〇一号支払命令申請事件につき同裁判所が支払命令を発したこと、その支払命令が確定したことは当事者間に争がない。ところで控訴人は右確定の支払命令に対し再審事由として主張するところは右事件の支払命令あるいは仮執行宣言付支払命令は受領について控訴人を代理する権限のない訴外岩崎久吉に送達されているからこれを民事訴訟法第四百二十条第一項第三号該当の事由であるというのである。しかし控訴人の主張の趣旨に徴しても右支払命令の手続が控訴人の法定代理人又は訴訟代理人によつてなされたものでないことが明らかであるから右手続ではもともと法定代理権の欠缺があつたといえる場合には該当しないといわなければならない。」といつているが、これによると原判決は支払命令の手続についての法定代理権の欠缺の有無を判断したようになつているが上告人(控訴人)は何にも支払命令の手続については主張したものではない。また支払命令の手続は被上告人(被控訴人)であつて上告人はしたものでないから何等の関係もない。上告人は右支払命令の送達についてその送達を受けるという所謂受送達という訴訟手続についての代理権の欠缺を主張しているのであるから上告人が支払命令の手続についての代理権の欠缺を主張したように認定したのは事実の認定を誤つたものであるというべきである。
第二点原判決は事実を看過し法令の適用解釈を誤つたものである。原判決は理由の後半に於ては、「控訴人は右支払命令の送達等が同法第百七十一条の規定に基いてなされたことを主張しているものと解してもこの規定は控訴人の解するように送達を受けるべき者から書類受領の代理権を与えられた者に関する規定でなく特にさような代理権を与えられていない者であつてもその者の書類受領が送達を受けるべき者への送達という効果をともなうこととなるべき者を定めた規定であつてその書類受領者の法律上の資格はいわゆる代理人でなく法定の使者としてのそれであると解するのが相当である。従つて同条所定の者について書類代理権の有無を問題にし代理権の欠缺が同法第四百二十条第一項第三号所定の再審事由に該当する旨の主張もまた採用することができない。」として上告人の再審の訴は不適当として却下したのであるが右は左の如く違法である。
一、訴訟書類の送達、受送達の訴訟行為であることは相違なく、民事訴訟法第百六十条以下第百八十一条までは送達に関しての規定が設けられている。これ等の規定によると送達は原則として職権でなし、事務は裁判所書記が取扱い送達は執行吏又は郵便によつてこれをなし特別の場合には出頭人や出会者に送達してもよいことになつており送達の場所については民事訴訟法第百六十九条(普通の場合)に規定されているがこの規定によると送達は受送達者の住所居所営業所又は其事務所に於いてすることになつているのであつて送達書類を授受することについては同法第百七十一条に規定されているが、これは前述の第百六十九条規定の場所で受送達者に出会わざる時本人以外の者に送達する場合の規定であつて原判決に所謂法定の使者といわれる者に送達されるもので事務員、雇人、同居者にして事理弁識者であることを規定されているのである。
そこで本件の送達について見ると(支払命令関係)送達書類は支払命令正本と仮執行宣言付支払命令正本で送達されたのは昭和二十四年八月二十日と昭和二十四年九月二十二日となつており送達場所は高知市旭町三丁目六番地岩崎久吉方となつて同居者が受取つたことになつているから民訴法第百七十一条の規定による送達がなされているのである。
二、右のような事実のみでは原判決の理由の如くであるが、真実は第百七十一条の規定による送達の適用は受くべきではないのである。同条の規定する送達を受くべき場所とは同法第百六十九条の送達を受くべき者の住所、居所(事務所又は営業所)であつてこの場所において送達される者に出会わざる時に適用さるべきものであつて本人(受送者)の住所でも居所でも事務所でもない場所であれば、たとえ送達書類に其場所が記載されてあつて同居者と見做されるものに送達されてもその送達は法律上送達の効果を発生すべきものではないと解すべきである。
送達は住所に送達さるべきは法律の規定さるべき処で本件の上告人に送達された書類は昭和二十四年八月二十日と同年九月二十二日に送達(第百七十一条の送達)されたことになつているが上告人は昭和二十三年六月頃より送達書記載の高知市旭町三丁目六番地に住居せず高知市本丁筋五丁目に住居していたのであるから本件の送達は本件上告人の住所でも居所でもない場所で同居人でもないものが送達をうけていることになつているのであるから民事訴訟法第百六十九条の規定による同法第百七十一条の送達がなされたものということはできない。そしてまた上告人は其送達を受けたものに代理権を与えたものではないから受送達の効果は上告人に及ぶべきものではない。
要之本件支払命令は送達の効果のない送達であるのに原判決は民事訴訟法第百六十九条による場所で同法第百七十一条の規定による送達ができているものと認定しているが、前述の如く事実は記録にも現われているのにこれを看過し単に形式によりしたのであるから誤認であり事実でない事実に法規を適用したのは誤りである。依つて原判決に対し上告趣旨記載の判決を求めるものである。